ロジカルシンキングの限界とスペキュラティヴシンキングの可能性 ~ユニコーン企業を生む問い~
シードを中心に投資をするVCで働いている身としては、常に新しい投資テーマや投資仮説を探しているし、起業家とも起業アイデアからディスカッションしたりすることも少なくない。
そのような中で、いくつか事業アイデアの考え方があるとは思うが、一番良く言われるのは”課題/ペインポイントはなにか?”という話である。
“何の課題/ペインポイント”を”どのようにして解く”のか
よく言われるのはこの組み合わせで事業アイデアは考えるというものが教科書的な話ではある。自分もよく起業家と面談しながらペインはなに?それは本当に深いのか?みたいことをは聞いたり、自問したりする。
一方最近感じている問いとしては、このペインポイントを中心とした帰納法的な思考におけるアプローチの方法は正しいとは思うが、よりユニークな企業をつくるために違ったアプローチも考えるべきではないのか?と考えている。
例えば少し古くなるがAirbnbの前にあのアイデアに課題はあっただろうか?Uberが出る前に課題はあっただろうか?
そうした課題やペインポイントから始まるビジネスの創造ではない、オルタナティブな方法について、想像してみたいと思う。
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“ロジカルシンキング”の限界
ビジネス書などを読まれる方とかなら、聞いたことあるとは思うがロジカルシンキングというものが何年も流行っている。書店にけばいろいろな本があるし、自分も何冊も買って読んだ。バーバラ・ミントの「考える技術・書く技術」あたりから普及していったのではないかと思う。
厳密なロジカルシンキングの定義などは難しいが、人に納得してもらえるように物事を考え、伝える技術ではあるのではないか。
コンサルティングファームを中心に使われていた技術・思考というものは本やそういったもので一般化していき、もちろんこれを使いこなすのは相当難しいが、ロジカルシンキングという物事の捉え方は一般的に普及していったと感じている。
ロジカルシンキングを活用して解ける問いが狭まっていっているのでは
このロジカルシンキングの考え方は事実を観察して、その前後をSo what? Why?で結びつけるように問いていくようなもの。もちろん演繹的な発想もあるとは思うが、大抵のことは事実の観測に伴う帰納法的な発想で、メインメッセージを構成していくようなやり方ではないのだろうか。
これは説得したり何かを伝えるのには重要な技術で、自分も使いこなせているわけではないけど、社会人なりたてのときなどはロジカルシンキングという道具を振りかざして資料など作ったりしていた(やけにピラミッドストラクチャー使いたいときありませんか?若気の至りでしかないんですが・・)
もちろんこのやり方で解ける問いはまだまだあるとおもうし、今後も必要な考え方ではあるが、起業のアイデアを考えるという観点においては、特に先進国においてこの思考法において解ける課題というのは徐々に大分狭くなっていっているのではないかと考えている。例えば発展途上国のほうがロジカルシンキングをつかって出せる起業テーマが多そうに見える(もちろん簡単ではないが)ということはあるのではないか。
これもどこかで言語化したいが、つまりロジカルシンキングにおいて捉えられる課題は、変化の少ない時代において、Big Issue(気候変動など)しか残っていなくなってきている / Big issueの時代になりつつあると思っている。
この背景を考えるとa16zがAmerican dynamismなんていいだしてしまうことは容易に想像できるし、ベンチャークリエーションは従来までの意味と違う意味でより活発していくだろう。
今後そのような潮流の中において、スマートフォンや、インターネット、クラウドのような何かしらデバイスシフトやプラットフォームシフトが起きていると、その変化を基軸として課題の捉え直しという隙間が生まれるが、特に今日においてはそういったものが少なくなってきてしまっていると感じているのが現状である。
神は死んだとニーチェは言ったが
これをニーチェの”神は死んだ”という表現に倣っていえば、”ロジカルシンキングは死につつある”のではないかと思っている。
ニーチェが西洋文化におけるキリスト教の”神”の概念が、近代化と合理主義の進展によって、もはや人々の日常生活や倫理的決定に中心的な役割を果たさなくなったということを指摘したことに近いアナロジーで、ロジカルシンキングは少し近い状態になってきているように見える。逆をいうとある種ロジカルシンキングは普及してしまった。
では、ロジカルシンキングの代わりに新しくどういった概念で事業創造や価値創造に取り組むことができるのか。一つ言葉として自分が考えているのは Speculative/スペキュラティヴ という概念だ。
Speculative という概念
そうなったときに今はどういう思考法があるのではないかということを考えたときに、前述したように”Speculative(スペキュラティヴ)”というキーワードが個人的にはテーマではないのかと考えている。
このSpeculativeは、直訳すると”思弁的な”や”推測的な/投機的な”という意味があるが、それだけだとどういう意図かわかりずらい。この言葉に自分があったのは、2つの方面からで、一つは哲学の分野における思弁的実在論(Speculative realism)と、Speculative designという考え方である。(前者は今回は紹介しない)
Speculative design/スペキュラィヴデザイン
デザインの分野においては少し前からこのSpeculativeという言葉は使われ始めているのをWiredの雑誌などを読んでいるときに目にしていた。
このSpeculative designというのは英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートで発祥したといわれる概念で、簡単にいうと”未来に対して問いかけをする考え方/問いをつくるデザイン方法”であると自分は解釈している。
これまでのデザインの分野においては、デザインシンキングというものがある。この考え方は、問いをユーザー視点に立って発見し、その問いを解決するためにデザインをしていくという、問題解決型のデザインのことを指す。
しかし、このSpeculative designでは、問題解決型ではなく、下記で引用させていただいたように未来にむけて思考を投機し、こういう未来もあるのではないか、そうしたときにこういったデザインは必要なのでは?ということを問うようなデザインの思考法のことだと理解している。
「未来はこうなると予測される」または「未来はこうあるべきだ」という問題解決型の将来像を提示するのではなく、「未来はこうもありえるのではないか」という臆測を提示し、問いを創造するデザインの方法論です。このデザインの特徴は、未来を予測することを目的とするのではなく、「私たちに未来について考えさせる(speculate)ことでより良い世界にする」ことにあります。(引用:https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/speculative-design.html)
デザインシンキング=ロジカルシンキング、Speculative design = Speculative thinking??
このSpeculative designについて読んだときに考えたのが、自分がまず思えたことは非常にデザインシンキングとロジカルシンキングが似ていることである。
ロジカルシンキングは、現在見えている事実から論理的に筋が通っていることを説明し、納得するためのツールとしては非常に優れている。そして論理というのは、失敗しないための力である。デザインシンキングも近いものを感じる、ユーザー視点や何が欲しいのかのニーズに答えながら問題解決のためにデザインをしていく。論理の力をかりた思考法に近いのではないか。
ここで最初の問いにかえると、大きな企業をつくるためのアイデアとしてペイン・課題からのアプローチの以外・オルタナティブはないのか?というのが問いだったと思うが、このSpeculative designという考え方を元に、Speculative thinkingという概念についてもう少し考えを深めていきたいと思う。
Speculative thinking = 未来/Wants を元にした思考法
このような思考法は、Speculative designからのアナロジーとして考えると、ロジカルシンキングと全て逆から発想することが重要なのではないかと思っている。過去からの発想法ではなく、未来に投機的な発想法であるべきだと思う。つまり、現状から考えるのではなく、未来であり/wantsを元にして起業アイデアを考えてみるのはどうだろうかという提案である。
ペインポイント・課題が過去的・解決的であれば、そのオルタナティブとしての、未来的・問題創出的な概念である。
供給で需要を創る/課題は後回し/問いを創る
重複だが、何の課題があるか?そしてその需要に対して供給をしていくことが教科書的に言うと正しいビジネスアイデアの構築方法である。しかしこれでは前述したように、特に先進国においては解けうる/目に見える需要というのは大分狭くなっているように思える(もちろんまだまだ課題はあると思う、特に業界特有など自分に見えてない課題は多そう)
しかしこの考え方を用いれば需要から考えなくて良い、創りたい未来から逆算して課題をある種勝手に産んでいいのである。問いを発見して、解決しにいくのではなく、問いを創作して、解決しにいく考え方に近い。ある種の自作自演的なものはあるが、一方ユーザーには想定もしなかったニーズや、課題を一緒に発見するような作業になるのではないだろうか。
例えばこういった考え方で生まれてきたスタートアップは多くある気はしている、冒頭例にあげたUberやAirbnbのようなものも、課題発見型では必ずしもないのではないと捉えている。(実際に早く移動したい/安く泊まりたいなどのニーズはあるかもしれないが、インタビューしても出てこない課題だったのではないだろうか)
それよりは創業者のこういうのあったらいいな・こういうのがほしいなといったようなwantsベースから問いを作り出したような印象がある。そうしてそのような供給を先にしていくことで、”ああこういうのも良いですね”という需要をつくっていくことに成功しているのではないかと思う。創った問いを本当の課題として人々に気づかせていくみたいなことは起こりうる。
これは、「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」と語ったたことで有名な、自動車を普及させた自動車王ヘンリー・フォードも同じような考え方をしたはずであろうし、NVIDIAの創業者であるファン氏も「ゼロ・ビリオンダラーマーケット(まだ存在しないが潜在的な大きな市場」・「顧客は無視すべし」といったことを発言している。
発明は必要の母
これだけテクノロジーの変化・イノベーションが激しい中だが、実はいまの生活というのが劇的に変わってきたのかというと、個人的にはそうでもないのではと思う。もちろん20年・30年単位でいうと変わっているのかもしれないが、発明されたイノベーション・テクノロジーに対して、社会の変化率は少ないように感じる。
それは”必要”に応じて、テクノロジーが使われることが多かったからなのではないかと思う。今できることの制限から考えて、テクノロジーを活用する。それはロジカルシンキングで解けるものであった。(それで事業を創るのも本当に大変ではありますが・・)
今後はより、発明をベースに供給で、需要をこじ開けるようなアイデアというものが求められるようになるのではないだろうか。そのように演繹的に社会を変えていくことができるのではないか。
例えばこの記事を書いている時点で話題になっている Apple Vision Proなども供給で需要を生むような打ち手だと思う。基本的にはPCで満足しているはずだが、そこにもっとこういうのがあったら便利だよというような空間コンピューティングという概念を提示して、需要をつくっていく。ああいったものから新しいイノベーションは生まれるような予感をしているし、VC/スタートアップの立場からすると産まないといけない。
イノベーションのスタート地点には、必ずしも解決すべき課題があるとはかぎらない。
「発明は必要の母」 でもある。これは、技術史家のメルヴィン・クランツバーグが、技術の発展と社会の変革の関係を分析して見出した法則のひとつである (引用:妄想する頭 思考する手)
一方で、このような考え方は個人的には加速主義的なイデオロギーに対して影響を受けている発言であって、”もっと早く”というVCらしい考え方に基づく思考法であることは言い訳としては書いておく。もっというとSequoia Capitalのような著名VCからは、市場創造型のビジネスはやめておけ。というようなアドバイスの記事を読んだこともあるぐらい、それはそれで正しいと自分も思う。
SF思考/アブダクション/第一原理
このような思考方法が他の言葉であるのではないかと思ったが、SF プロトタイピングや、アブダクションという思考方法、よく言う第一原理から考えるといったものは類似的な思考方法ではないかと思う。
第一原理についてはどこかで別ブログに書きたいが、全て帰納法的に正しそうなものを選ぶというものではなく、未来・将来や不確実性に対して論拠をもって展開する考え方であると思う。”あったらいいな・こうなったらいいな”という願いから思考をふくらませるようなベクトルの考え方ではあると思う。
SFの意義は根源的問いかけの日常化 (星新一)
遊び心を持つ
ではどうしたらこのようなSpeculative Thinkingの考え方で、物事を捉えることができるのだろうか。それは分からない。もちろんSF プロトタイピングのようなある程度確立された手法もあるだろうが、こうしたら学べるというものは自分の中では分からない。
ただ遊び心をもって、物事を視るということは重要なのではないかなと思う。こうしたらああなったら面白いのにっていうような遊び心・妄想といったものから生まれてくるアイデアはまだあるのではないかと思う。
例えばハッカソンなどはそういった意味においては、効果的な思考法なのかもしれない。NFTのユースケースを生み出したCryptoKittiesといったものも、確かデザインのハッカソンの1プロジェクトだった気がしている。それがあれだけの熱狂を生み出し、NFTのユースケースをこじ開けた。まさに供給で需要をつくった事例なのではないかと思う。
そういったロジカルシンキングのような、目の前の課題にたいして因数分解していくような考え方も非常に大事だが、大きな問いを遊び心・妄想とともに作り出し、そしてそれを世の中に問いていくような、挑戦をする起業家が更に現れていくことを期待しているし、そういった考え方の一助にこの記事がなれば幸い。
賢者は歴史に学ぶが、狂人は未来に実装すると思う。そういった良い狂気をもった起業家が増えることを願っている。